
本領域のねらい
生きているものと死んだもの、あるいは生命と非生命の本質的な違いは何でしょうか。
路傍の石ころは非生命で、その横を歩く猫が生命であることは火を見るより明らかです。両者の違いは、例えば石は無機物から構成されている、といったように構成要素に基づいた説明ができるでしょう。それでは、死んでしまった直後の猫と、元気に走り回っている猫の違いは何でしょうか。死後さほど時間が経っていないのであれば、猫の身体を構成する分子組成はほとんど同じであると考えられるので、構成要素だけから生き死にを区別することは難しそうです。
「死」にはさまざまな定義がありますが、そのひとつに「身体が有機的に統合された全体を構成しなくなること」というものがあります。このように書くと仰々しいですが、要するに生命を構成している要素たちが互いに協調し合って機能せず、バラバラに働き始めてしまうこと、と理解することができます。
生命と非生命の差異を理解するためには、構成要素の性質だけではなく、それらがどのように繋がって機能しているのかという「システム」としての理解が必要です。本領域では、単細胞の微生物や人工細胞を対象とした実験研究に加え、数学や物理学を用いた理論研究を行い、「生命」が「非生命」へと転移する境界で何が起こっているのかを明らかにしていきます。
微生物学・人工細胞研究・
統計物理学・力学系理論などを
バックグラウンドとする研究者からなる
4つのチームで構成されています。

細胞蘇生
死過程における一細胞レベル計測を通じて、大腸菌における非生命への転移境界、いわゆる「三途の川」を明らかにします。また、細胞内の化学物質量を人為的に制御することによって、三途の川を逆向きに渡ること、すなわち大腸菌細胞の蘇生を目指します。

細胞死
さまざまなストレスによって大腸菌と分裂酵母に細胞死を引き起こし、細胞死過程における細胞内物質の挙動を定量します。これによって、細胞死にはバラエティがあるのか、あるいは「生命の失われ方」には共通性があるのかを明らかにします。

人工細胞
フルスクラッチで化学的に合成された「増える」システムである人工細胞の構築を行います。人工細胞が分裂能力を失っていく過程で何が起きているのかを詳細に計測・解析を通じて、「非生命」側から「生命」側へと転移することの難しさや、その方法の解明を目指します。

増殖系理論
生命を創ることや、一度死んだものを生き返らせることは難しいと思われていますが、それはいったい「どれくらい」難しいのでしょうか。計算複雑性理論や自己増殖系の理論研究などを援用して、「非生命」から「生命」になることの困難さを明らかにします。